隙あらば自然とサボっている私 力の出し方を変えればまだまだ出せる
歌のレッスンネタ、そろそろなくなりそうですが、あと少し何とか絞りだせそうです。発声練習で気づいたことを書きます。
隙あらばサボる私
レッスンでは最初に発声練習から行います。ドーレーミーレードの音階でアーアーアーアーアーと声を出しながら徐々にキーを上げていくというようなのを、だいたい10分から15分ぐらいかけて何パターンか行います。
頭で考えると力んで声が出にくくなってしまうので、先生のピアノの音に合わせて無心でアーアーと発声しています。
いつも自分では、リラックスしつつ集中して全力で取り組んでいるつもりで、音に任せて練習が進むほど徐々に声が出るようになっていっているイメージでおりました。
が、先日、少し間隔があいて久々に行ったレッスンのとき、途中で先生から
「ここ、まだ地声でいけるはずなのにもう裏声になってますよー」と言われました。言われるまで気づかなかったのですが、結構低めの音から早々と裏声になっておりました。
こんな感じで、もっとアーと強く出せばまだまだいけますと言われ、その通りにすると楽々と地声が出ます。私の場合はシ、ぐらいまでは地声のはずですが、このときはすでに2音下のソから裏声になっていました。
久々だったので歌い方を忘れていたのと(ふつうは忘れないと思いますが)、ふだんの“隙あらばサボろう、手を抜こう”とする怠惰な精神が丸出しになってしまってちょっと恥ずかしかったです…。これ以上言うと辛くなるのでやめときます。
力の入れ方を変えればまだまだ出せる
でもこのことを通して、自分では精一杯全力を出しているつもりでも、いつもの癖で無意識にサボってしまっている&それでも力の入れ方を変えればまだまだ力を出せること、自分では気づかなくても傍から専門家が見たら丸わかりなんだなあ、など色々と気づきました。
たしかに、歌うたいのバラッドの歌詞には「ただ声に身をまかせ頭の中を空っぽにするだけ」とあるんですが、私の場合ただ単に「空っぽ」にしてただけで、歌詞の解釈としてもとんだ勘違いです。
これはあくまでもたとえで、歌うときの心構えとして根底に据えておくべきことではありますが、いま基礎を学んでる段階で頭を空っぽにしすぎてては何も身に付きません…。
ほんと何でも真に受けるタイプなのですが、こういう勘違いも自分で気づけないので早めに指摘してもらえてよかったです。どこまで出せるかは先生が見極めてくださっているので、もっと信じて委ねつつ、感覚を研ぎ澄ませて全力でチャレンジします。
ふだんから出力が低すぎる もっと踏み込む
歌に限らず、仕事でも勉強でも何でもそうだなあと感じました。とくに私はすぐサボる体質なので、もとから精一杯やったと感じているレベルが全体的に低すぎると感じました。おそらく120%出しきったつもりでもきっと無駄な動きも多いので、実際の出力は50%以下だろうと思います。
もっと沢山、そして思い切ってやっていいんだ、というかやらないといけないと感じたので今日も心を入れ替えて頑張ります。
アイキャッチ画像は大内山牛乳です。三重での仕事帰りに買うのが楽しみです。
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【昨日の一日一新】
まだ食べてませんが、罪なきからあげ
綾野 真紀
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